公益財団法人損保ジャパン日本興亜福祉財団
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第8回損保ジャパン記念財団賞 受賞文献要旨

[著書部門]  『被占領期社会福祉分析』

立教大学経済学部教授 菅沼 隆

 本書は戦後日本の社会福祉政策の原点ともいえる公的扶助に関する「無差別平等」「国家責任」「必要充足」「公私分離」の原則を定めたSCAPIN775および生活保護制度の成立過程をたどった歴史的研究である。
 

 序章では先行研究を吟味し、本書の課題を提示した。その際、多くの先行研究が暗黙のうちに占領軍を「善意の福祉改革者」と見なしてきたことの問題性を指摘した。占領軍における軍政統治の一環として対日救済福祉政策も捉える必要があることを主張した。

 第1章は、終戦以前の米国における対日救済福祉政策の立案過程をたどった。第1節では、米国における軍政政策の形成過程を、軍政マニュアル『軍政』の作成過程と陸軍省軍政部・民政部の設置、『軍政』の改定過程をたどった。第2節と第3節では、対日救済福祉政策に強い影響を与えた社会福祉に関する『民政ハンドブック』と『民政ガイド』の作成過程とその内容を分析した。第4節では、国務省の対日救済福祉政策を概観した。この章では「善意の福祉改革者」という方針が後景に退き自立更生の原則が強調されたこと、だが、対日占領に向けて詳細な準備がされていたことを明らかにした。
 

 第2章は、終戦から1946年2月のSCAPIN775の発令までの過程をたどった。第1節では、GHQ公衆衛生福祉局PHWの設置、その人事、初期方針を明らかにした。第2節では、1945年12月14日の日本政府の閣議決定「生活困窮者緊急生活援護要綱」に至る経緯を確認した。軍用物資の民生転換指令であるSCAPIN333に基づいて同「要綱」が決定されたことを明らかにした。第3節では、SCAPIN775の成立過程をたどった。775の直接の起源として1945年12月8日のSCAPIN404「日本救済計画」を確認し、それが発令された背景を明らかにした。404に対する日本政府の回答に不満を抱いた総司令部は、特に民政局GSが関与するなかで、775を指令したことを明らかにした。

 第3章は、1946年9月成立の(旧)生活保護法の制定過程をたどった。第1節では、生活保護法案の起草過程を扱い、起草作業は主として厚生省内部で進められたことを確認した。第2節では、主として衆議院の生活保護法案委員会における法案の審議過程をたどった。第3節では、生活保護法の成立の際の付帯決議、民生委員(方面委員)の位置づけ、厚生官僚の認識などを分析した。全体としてみると、議会では、保護請求権については自覚されたとはいえず、「無差別平等の名誉職裁量体制」をもたらすことになったことを指摘した。


  第4章は、1950年の新生活保護法に至る時期のトピックを3つ扱った。第1節では、保護基準の変遷を扱った。そして、1948年8月の保護基準の第8次改訂=マーケット・バスケット方式の採用にいたる経緯を確認した。第2節では、民生委員と地方軍政部の関係を扱った。旧生活保護法のもとで民生委員の思想と行動は基本的に変化がなかったこと、地方軍政部の民生委員評価は肯定的評価と否定的評価が入り交じった両義的なものであったことを確認した。保護基準の第8次改訂により、民生委員の裁量権が狭められ、名誉職裁量体制が動揺したことを指摘した。第3節は、新生活保護法に盛り込まれた保護請求権の形成過程をたどった。PHW、地方軍政部、厚生省における保護請求権をめぐる論議をたどり、「憲法第25条に基づけば保護請求権は認められる」という結論が導かれたことを確認した。

 終章で総括を試みた。SCAPIN775の4原則のそれぞれについて日本側の受容の仕方が異なっていたことを指摘した。最後に、被占領期の社会福祉政策により中央集権的な福祉官僚制が確立したが、それは個人と国家が直接向き合う関係を創出することになり、裁判闘争による決着を求める不安定な体制となったと指摘した。

 

 

[論文部門]  「委託関係」における当事者組織の自律性問題
          〜 組織間関係論に依拠した理論枠組の構築 〜

日本女子大学大学院 人間社会研究科 社会福祉学専攻 博士課程後期3年 村田文世

90年代以降、日本においても福祉多元化が1つの潮流となり、行政組織による民間組織への業務委託が拡大している.この新しい「委託関係」において、行政組織からの圧力により民間非営利組織本来の組織理念や活動が変質してしまうという自律性喪失の問題が指摘されている.本稿は、こうした「委託関係」のもとでの日本の当事者組織に焦点を当て、組織の自律性を維持するための戦略的な組織行動について、組織間関係論の2つのパースペクティブに依拠しながら、実証研究のための理論枠組を構築するものである.
 

 従来、経営学などを中心に理論構築されてきた組織間関係論とは、組織間の資源・情報・合法性などを媒介とする組織間関係の生成・維持・変動とそのマネジメントを解明する組織理論である.支配的パースペクティブの1つである資源依存パースペクティブは、組織レベルを視座に、理論前提として、第1に、組織は存続に必要な資源を自己充足できないため、それを管理する他組織との間で資源交換を行い組織間関係を形成する.第2に、組織は、資源交換による他組織からのコントロールや依存を回避し自律性を保持しようとし、自らもパワー拡大を通して他組織へのコントロールを獲得しようとする積極的な存在として捉える.ここでは、組織の行動原理に基づく組織間関係の形成理由や、依存回避への対処、パワー不均衡に対するマネジメントが中心課題となる.もう1つの制度化パースペクティブは、社会レベルから、組織が制度化された環境に埋め込まれていることを前提とし、組織の環境に対する受動的側面を強調する.分析対象は組織の集合体であり、他組織や組織間のシステムとの同調や同型化を重視し、組織を組み込まれたシステムの規範や価値を受け入れる存在として捉える.ここでの環境は国家や専門職団体、同業他社などで、自らの正当性を獲得するためにこれらとの組織間関係を生成し、安定的な存続を維持できるとする.
 

本稿では、まず「委託関係」の形成理由を、制度化パースペクティブからは、70年代以降の福祉多元化という制度的環境なかで、集合体としての当事者組織が、国家の福祉供給システムからの要請に応えながら同調的に順応していく「制度的同型化」.資源依存パースペクティブからは、第1に、行政組織の資源(委託金や助成金)と当事者組織の資源(サービス供給能力)、第2に、相互の人員、情報や技術、合法性(政治的動機)という、「資源交換」の安定化を目的とするフォーマルな合意として捉えた.
 

さらに、組織間関係から発生する不均衡関係に対して、組織の中には環境への「制度的同型化」を最善の戦略とする組織と、自覚的にパワーの拡大や自律性維持を図っていこうとする組織の2つの組織対応が出てくる.前者については、制度化パースペクティブからの説明が可能となったが、パワー不均衡に対する組織行動の理解には、資源依存パースペクティブの枠組みが有効となり、それによる不均衡関係のメカニズムと自律性維持の組織行動に関する理論的説明を行った.そして最後に、当事者組織の自律性維持のための戦略的組織行動として、[1]行政組織に対する戦略的資源の保有 [2]代替的資源の保有(財源の分散化)[3]組織規模の拡大 [4]組織力の向上 [5]社会的威信の獲得 [6]組織間のコミュニケーションの重要性の6つの仮説を導出した.
 

これらは、理論上、当事者組織の組織行動如何では自律性問題の克服に新たな方向性を与えるものと期待できる.しかし、組織間関係は恒常的ではなく組織間や組織内のダイナミズムの中で変化するものであり、実証研究では、組織行動に伴う組織内・組織間のコンフリクトを含めてそれらを動態的に捉える必要性に言及した.

最後に、この度の受賞に際し、これまでご指導・ご教示頂いた日本女子大学を始めとする諸先生方に心より感謝を申し上げると共に、今後一層の精進を心に銘じて参りたい.